マルテンサイトとオーステナイトの違い|硬さ・磁性・耐食性を比較
こんにちは。「吉田SKT」ブログ編集チームです。
ステンレス鋼を選ぶとき、「オーステナイト系」「マルテンサイト系」という分類を目にすることがあります。代表的なSUS304はオーステナイト系、SUS410やSUS440Cはマルテンサイト系に分類され、硬さ、耐食性、磁性、加工方法などに違いがあります。
ただし、オーステナイトとマルテンサイトは、単なる材質名ではありません。鋼の中で鉄原子がどのように並んでいるかを示す「相・組織」の名称であり、化学成分、熱処理、冷間加工などによって現れ方が変わります。
ステンレス鋼が鉄鋼材料の中でどのように位置づけられるかを確認したい方は、「鉄と鋼の違い|炭素量・性質・種類・用途と選び方を解説」もあわせてご覧ください。
この記事では、専門的な相図や数式を使わず、両者の違いを比較表と代表的なJIS鋼種で整理します。材質選定や見積もり依頼の前に確認したい、熱処理・加工・溶接の注意点もあわせて解説します。
先に大きな違いを整理すると、オーステナイト系は耐食性・成形性・溶接性を重視する用途で選ばれる鋼種が多く、マルテンサイト系は焼入れ・焼戻しによって硬さや強度を高めたい用途で選ばれます。ただし、実際の性能は具体的な鋼種と熱処理・加工状態によって変わります。
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マルテンサイトとオーステナイトの違いを比較
ステンレス鋼における両者の違いを、まずは一覧で確認しましょう。
| 比較項目 | オーステナイト系ステンレス | マルテンサイト系ステンレス |
|---|---|---|
| 代表的な使用状態での主な組織 | 固溶化熱処理状態では主にオーステナイト(γ相) | 焼入れ・焼戻し状態では主にマルテンサイト(α’相) |
| 主な相の結晶構造 | オーステナイト:面心立方構造(FCC) | α’マルテンサイト:体心立方または体心正方構造(BCC/BCT) |
| 硬さ・強度 | 焼入れによる硬化は基本的にできない。冷間加工で強度を高められる | 鋼種に合った焼入れ・焼戻しで高い硬さと強度を得やすい |
| 延性・靭性 | 一般に高く、成形しやすい鋼種が多い | 鋼種や熱処理状態によって異なる。未焼戻しの高炭素材では割れや欠けに注意 |
| 耐食性 | 耐食性に優れる鋼種が多い | 一般的なオーステナイト系より低い鋼種が多いが、成分・熱処理・環境で変わる |
| 磁性 | 固溶化熱処理状態では一般に磁石に付きにくい。ただし冷間加工や溶接部では磁性が現れる場合がある | 一般に磁性を持ち、磁石に付く |
| 成形性 | SUS304やSUS316は良好 | 硬化後は成形が難しいため、加工と熱処理の順序が重要 |
| 切削性 | SUS304やSUS316は加工硬化や長い切りくずに注意。SUS303は切削性を高めた鋼種 | 焼なまし状態では切削できる鋼種が多いが、焼入れ後は工具負荷が大きくなる |
| 溶接性 | SUS304やSUS316は比較的良好。SUS303は溶接用途に不向き | 鋼種によって予熱・後熱などが必要で、一般に注意を要する |
| 代表的なJIS鋼種 | SUS303、SUS304、SUS316など | SUS403、SUS410、SUS420J2、SUS440Cなど |
| 主な用途例 | 配管、タンク、厨房機器、一般機械部品、化学装置部品など | 刃物、シャフト、バルブ部品、転がり軸受など |
表は一般的な傾向です。実際の性能は、鋼種の化学成分、熱処理、加工度、製品形状、表面状態、使用環境によって変わります。組織名だけで材質を決めず、具体的なJIS鋼種と加工状態まで確認することが重要です。
オーステナイトとマルテンサイトとは
オーステナイトはFCC構造を持つ
オーステナイトは、鉄原子が面心立方構造(FCC)で並ぶγ相です。炭素鋼や多くの低合金鋼では高温域で安定しますが、ニッケルや窒素などを含むオーステナイト系ステンレスでは、室温でもオーステナイト組織が保たれます。
FCC構造は、原子が密に並んだ面に沿って変形が進みやすいため、オーステナイト系ステンレスは一般に延性と靭性が高く、曲げや絞りなどの成形に向く鋼種が多くあります。SUS304やSUS316が、配管、タンク、厨房機器、装置部品などに広く使われる理由の一つです。
一方で、オーステナイト系はすべて同じ性質ではありません。たとえば、SUS303は切削性を高めるために硫黄を添加した快削鋼で、SUS304より成形性、溶接性、耐食性が低くなります。材質選定では「オーステナイト系」という分類だけでなく、鋼種ごとの特徴を確認しましょう。
マルテンサイトは焼入れなどで生成し、高い強度を得やすい
鋼のマルテンサイトは、オーステナイトから原子の長距離移動をほとんど伴わずに生じる、準安定な相・組織です。鋼で一般に扱うα’マルテンサイトは、炭素量などに応じて体心立方構造または体心正方構造(BCC/BCT)をとります。
マルテンサイトが高い強度・硬さを示しやすいのは、炭素が結晶格子に取り込まれて生じるひずみや、微細なラス・プレート状の組織などが、塑性変形を妨げるためです。ただし、得られる硬さは炭素量、合金成分、焼入れ・焼戻し条件によって変わります。
「マルテンサイトは必ず硬くて脆い」とは限りません。未焼戻しで炭素量の高いマルテンサイトは割れや欠けに注意が必要ですが、低炭素マルテンサイトや適切に焼戻したマルテンサイトでは、強度と靭性を両立できる場合があります。
代表的なSUS鋼種と用途
ステンレス鋼には、オーステナイト系とマルテンサイト系のほか、フェライト系、二相系、析出硬化系などがあります。ここでは、オーステナイト系とマルテンサイト系の代表的なJIS鋼種を整理します。
| 系統 | JIS鋼種 | 主な特徴 | 用途例 |
|---|---|---|---|
| オーステナイト系 | SUS303 | 硫黄添加により切削性を高めた快削鋼。SUS304より耐食性、成形性、溶接性は低い | ねじ、ナット、シャフトなどの切削部品 |
| SUS304 | 耐食性、成形性、溶接性のバランスがよい代表的な汎用鋼種 | 厨房機器、配管、タンク、一般機械部品 | |
| SUS316 | モリブデンを含み、SUS304より塩化物環境での孔食・すき間腐食への抵抗を高めた鋼種 | 化学装置、食品設備、塩化物環境で耐食性が求められる部品など | |
| マルテンサイト系 | SUS403 | 焼入れ・焼戻し後の機械的性質を活かして使用される鋼種 | 蒸気タービン用部品、機械部品など |
| SUS410 | マルテンサイト系の代表的な汎用鋼種。熱処理で強度と硬さを調整できる | バルブ部品、ポンプ部品、シャフトなど | |
| SUS420J2 | SUS410より炭素量が多く、熱処理でより高い硬さを得やすい | 刃物、ノズル、機械部品など | |
| SUS440C | 高い炭素量を持ち、適切な熱処理でマルテンサイト系の中でも高硬度を得やすい | 転がり軸受、バルブシート、刃物など |
SUS440は、JISの鋼種記号としては不十分です。SUS440A、SUS440B、SUS440C、SUS440Fなどの鋼種がありますが、国内で一般に流通しているのはSUS440Cが中心です。SUS440A、SUS440B、SUS440Fは、材料の形状や寸法、数量によって入手が難しい場合があります。図面や見積もり依頼では「SUS440系」で止めず、具体的な鋼種を指定するとともに、設計段階で材料の入手性や納期を確認しておくことが大切です。
また、SUS316はSUS304より常に腐食しないという意味ではありません。モリブデン添加によって、特に塩化物環境での孔食・すき間腐食への抵抗を高めていますが、温度、塩化物濃度、すき間、応力、表面状態などによっては腐食する場合があります。
用途に合うステンレス材の選び方
材質選定では、硬さ、耐食性、磁性のどれか一つだけで決めるのではなく、使用環境と加工工程をあわせて確認します。
| 重視する条件 | 候補になりやすい材質 | 確認したいポイント |
|---|---|---|
| 耐食性・成形性・溶接性 | SUS304、SUS316など | 薬品、水分、塩化物、温度、洗浄条件、溶接部の仕上げ |
| 塩化物環境での耐食性 | SUS316など | SUS316でも万能ではないため、濃度、温度、すき間、応力を確認 |
| 高硬度・耐摩耗性 | SUS420J2、SUS440Cなど | 必要硬さ、衝撃荷重、熱処理条件、仕上げ加工、耐食環境 |
| 切削性 | SUS303、焼なまし状態のマルテンサイト系など | 溶接や曲げの有無、熱処理前後の加工順序、工具・切りくず処理 |
| 磁性が必要 | マルテンサイト系など | 必要な透磁率、硬さ、耐食性。磁石への付き方だけでは判定しない |
| 磁性をできるだけ抑えたい | 固溶化熱処理したオーステナイト系など | 冷間加工量、溶接部、使用温度。完全な非磁性を保証できるか確認 |
| コスト・納期 | 要求仕様を満たす複数鋼種を比較 | 材料費だけでなく、熱処理、仕上げ、検査、加工難易度まで含めて比較 |
材料価格だけを見て、オーステナイト系とマルテンサイト系のどちらが安いとは一概にいえません。オーステナイト系はニッケルやモリブデンなどの合金元素が価格に影響します。一方、マルテンサイト系は、焼入れ・焼戻し、歪み修正、仕上げ研削、硬さ検査などの工程が加わる場合があります。素材から完成部品までの総コストと納期で比較することが大切です。
焼入れでマルテンサイトができる仕組み
マルテンサイト系ステンレスは、一般に加熱によるオーステナイト化、焼入れ、焼戻しの順で性質を整えます。
- 加熱:鋼種に応じた温度まで加熱し、必要な範囲をオーステナイト化します。高炭素・高合金の鋼種では、炭化物を一部残す条件もあります。
- 焼入れ:フェライト、パーライト、ベイナイトなどの拡散変態が進む前に、マルテンサイト変態の開始温度であるMs点以下まで冷却します。
- 焼戻し:硬さと強度を調整し、靭性や残留応力の状態を整えます。温度や回数は、鋼種と要求性能に合わせて決めます。
焼入れでは十分な冷却速度が必要ですが、単純に「速く冷やすほどマルテンサイトが増える」わけではありません。冷却速度は、パーライトやベイナイトなどへの変態を避けるために重要です。それらを避けた後のマルテンサイト量は、主にMs点からどこまで温度を下げたかに影響されます。
マルテンサイト変態には、開始温度の目安であるMsと、終了温度の目安であるMfがあります。ただし、Mfは「すべてのオーステナイトが必ずマルテンサイトになる温度」という意味ではありません。Mfが室温より低い鋼種では、焼入れ後も残留オーステナイトが残ることがあります。
焼入れ時には、表面と内部の冷却差による熱応力と、マルテンサイト変態に伴う体積変化・変態ひずみが重なります。これらが残留応力、変形、焼割れの原因になるため、製品形状、肉厚差、冷却方法、加工代を含めた工程設計が必要です。
焼戻しは、温度を上げれば単純に靭性が改善するとは限りません。鋼種によっては、特定の温度域で靭性や耐食性が低下したり、硬さの変化が単調にならなかったりするため、材料規格や熱処理仕様に基づいて条件を決めます。
オーステナイト系の加工硬化と磁性
オーステナイト系ステンレスは、切削、曲げ、絞りなどの冷間加工で加工硬化しやすい材料です。加工によって結晶内部に変形が蓄積することに加え、鋼種によってはオーステナイトの一部が加工誘起マルテンサイトに変化し、硬化に関わります。
たとえばSUS304は、強い冷間加工を受けた部分に磁性が現れることがあります。ただし、すべてのオーステナイト系で同じようにマルテンサイトが生じるわけではありません。変化のしやすさは、化学成分、加工温度、ひずみ量などで異なります。また、マルテンサイトをほとんど生じなくても、加工硬化する場合があります。
加工誘起マルテンサイトが生じると、硬さ、磁性、寸法安定性などに影響する場合があります。耐食性への影響は一律ではなく、鋼種、加工度、残留応力、表面状態、腐食環境などをあわせて評価します。
切削・成形・溶接で注意したいこと
オーステナイト系は成形性と切削性を分けて考える
オーステナイト系ステンレスは、一般に成形性が良好です。一方、SUS304やSUS316の切削では、加工硬化、熱のこもりやすさ、構成刃先、長くつながる切りくずなどに注意が必要です。「成形しやすい」ことと「切削しやすい」ことは同じではありません。
切削では、切れ味のよい工具を使い、表面を擦るだけの状態を避けるために適切な送りと切込みを確保します。工具・機械・クランプの剛性と、確実な切りくず処理も重要です。切削性を優先する場合はSUS303が候補になりますが、耐食性、成形性、溶接性とのバランスを確認します。
硬さ、強度、靭性、延性などの違いが加工方法に与える影響は、「金属の性質とは?種類ごとの特徴と加工への影響をわかりやすく解説」で詳しく紹介しています。
深絞りなどの冷間塑性加工では、工程を分けたり、必要に応じて中間焼なましを行ったりして、ひずみの蓄積を抑えます。中間焼なましは主に塑性加工で検討する処理であり、通常の切削工程における一般的な対策ではありません。
マルテンサイト系は熱処理前後の加工順序が重要
マルテンサイト系ステンレスは、焼なまし状態で荒加工し、焼入れ・焼戻し後に研削などで仕上げる工程が一般的です。焼入れ後は硬さが上がるため、工具摩耗、刃先欠け、加工変形に注意します。
硬化した材料の研削では、局所過熱によって焼戻し軟化や再焼入れ層が生じる「研削焼け」に注意が必要です。研削焼けは熱処理直後に自然に生じるものではなく、研削時の発熱による表面損傷です。冷却、切込み、砥石条件を含めて管理します。
溶接性は鋼種によって異なります。SUS304やSUS316は比較的溶接しやすい一方、SUS303は硫黄を含むため溶接用途に適しません。マルテンサイト系は溶接部の硬化や低温割れに注意が必要で、鋼種や板厚に応じて予熱・後熱などを検討します。
マルテンサイトとオーステナイトに関するよくある質問
磁石に付かなければオーステナイト100%ですか?
磁石に付きにくいことは、オーステナイト系を見分ける目安の一つですが、組織を断定する方法ではありません。オーステナイト系でも冷間加工による加工誘起マルテンサイトや、溶接部に残ることがあるδ(デルタ)フェライトによって磁性が現れる場合があります。正確な判定には、材質証明書や成分分析、組織観察などが必要です。
SUS304は焼入れで硬くできますか?
SUS304は、炭素鋼やマルテンサイト系ステンレスのような通常の焼入れでは、大きく硬化できません。強度を高める場合は冷間加工が利用されます。固溶化熱処理でも加熱後に急冷を行いますが、これは炭化物などの析出を抑えて組織や耐食性を整えるためで、マルテンサイト化による焼入れ硬化とは目的が異なります。
オーステナイト系の方が必ず錆びにくいですか?
一般的な鋼種を比べると、オーステナイト系はマルテンサイト系より耐食性に優れる傾向があります。ただし、耐食性はオーステナイト相そのものだけで決まりません。クロム、モリブデン、炭素などの成分、熱処理、表面仕上げ、使用環境によって変わります。実際の薬品、水分、塩化物、温度などに合わせて鋼種を選びます。
ステンレス鋼に生じる孔食やすき間腐食などの仕組みは、「金属腐食とは?原因・種類・対策をわかりやすく解説」も参考にしてください。
硬さが必要ならSUS440Cを選べばよいですか?
SUS440Cは高硬度を得やすい代表的な鋼種ですが、すべての用途に適するわけではありません。衝撃荷重、必要な靭性、部品形状、熱処理歪み、耐食環境、加工方法を確認し、SUS410やSUS420J2なども含めて検討します。SUS440系の中ではSUS440Cが比較的流通していますが、必要な形状や寸法によって入手性は異なるため、具体的な鋼種を指定し、材料の調達可否や納期も確認してください。
どちらの方が安く調達できますか?
系統だけでは決められません。鋼種、形状、寸法、数量、流通性によって材料価格が変わるほか、マルテンサイト系では熱処理や仕上げ研削が必要になる場合があります。材料単価だけでなく、加工、熱処理、検査、納期を含む完成部品の総コストで比較します。
まとめ
マルテンサイトとオーステナイトの主な違いは、結晶構造と生成条件にあり、その違いが硬さ、靭性、磁性、加工性などに影響します。
- オーステナイト系ステンレスは、一般に耐食性、延性、成形性、溶接性に優れる鋼種が多く、SUS304やSUS316が代表例です。
- マルテンサイト系ステンレスは、焼入れ・焼戻しで高い硬さと強度を得やすく、SUS410、SUS420J2、SUS440Cなどがあります。
- 磁性や耐食性は、組織名だけで断定できません。化学成分、熱処理、加工度、表面状態、使用環境をあわせて確認します。
- 「加工性」は、成形性、切削性、溶接性に分けて考えると、材質と製造工程を選びやすくなります。
- 材質選定では、素材価格だけでなく、熱処理、仕上げ、検査を含む総コストと納期を確認します。
材質選定後に表面処理も検討する場合は、現場の困りごとや使用条件から候補を整理する考え方も参考にしてください。
材料選定後も、実際の製造現場では、付着、摩耗、すべり、腐食、洗浄性など、表面に関する課題が生じることがあります。株式会社吉田SKTでは、フッ素樹脂コーティングをはじめとする機能性表面処理について、対象物、使用環境、求める機能に応じた方法をご提案しています。
材質や使用条件が固まっていない段階でも、お困りごとを伺いながら検討事項を整理します。表面処理の機能や特長をまとめた資料もご用意していますので、情報収集にお役立てください。
表面のくっつき、摩耗、すべり、腐食などでお困りの場合は、対象物や使用条件が決まっていない段階でもお気軽にお問い合わせください。

